商品規格書の作成を軽くするとは、取引先ごとの様式への転記を速くすることではありません。原材料や配合の情報を社内で1つの原本にまとめ、そこから各社の様式へ出す形に変えることです。順番として、原本を決めるほうが先に来ます。
商品規格書は、取引先が自社の商品を仕入れて売るために求める製品仕様の書類で、原材料と配合、アレルゲン、賞味期限の設定根拠、保存方法、栄養成分などを記載します。提出を求められるたびに、事務の手が止まる。惣菜や加工食品を手がける中小の食品製造業では、珍しくない状況です。品目は数百、提出先ごとに様式が違う。書いているのは品質保証の専任ではなく、経理も伝票も見ている事務の1〜2名です。この記事は、その状態から何をどの順番で手放していくかを書きました。
なお、取引先から届く注文書を打ち直す工程については「FAX受注をやめられない会社の、入力だけ先に減らす順番」に書きました。本記事はその逆向き、自社から取引先へ出す書類と、その元になる社内の情報の話です。目標を渡すと完了まで自分で仕事を進めるAI=AIエージェントの仕組みそのものは「AIエージェントとは何か」をご覧ください。
規格書の時間はどこに溶けているのか
溶けているのは「書く時間」ではありません。同じ原材料の情報を、容器包装の食品表示ラベル、取引先へ出す規格書、社内の商品マスタという3か所に持ち、原料が1つ変わるたびに全部を直し続ける時間です。
1回の提出だけを見ると、この構造は見えません。見えるのは、ある取引先の様式に書き写した1回分の作業だけです。ところが原料の産地が変わる、仕入先が変わる、包材が変わる。そのたびに直す先が3か所あり、直す人もタイミングも別々です。ラベルは製造の都合で先に直り、規格書は提出を求められたときに直り、社内マスタは誰かが気づいたときに直る。
書いているのが誰かも押さえてください。在庫管理のご相談をいただいた、卸・OEMが売上の8〜9割を占める中小の食品製造業では、事務は2名でした。うち1名は半日勤務、もう1名は不定期出勤。この2名で経理も伝票も製造指示も回しています。品質保証の専任も情報システムの担当もいません。この人員構成では、手作業が1つでも増える改善は続きません。
同じ会社で見えたのは、本質的な問題が「欠品が起きること」ではないという事実でした。営業倉庫から毎日届く数百行の在庫表を人手で全行追うのは現実的に不可能で、問題は「欠品に気づけないこと」のほうにありました。これは在庫の話ですが、規格書に置き換えると同じ形になります。怖いのは書くのに時間がかかることではなく、取引先に出した規格書が古いままであることに、社内の誰も気づけないことです。
「規格書の様式を統一してほしい」は、たいてい通らない
規格書の様式は、自社ではなく取引先の都合で決まります。だから「様式を統一してもらう」を計画の前提に置くと、自社の意思では動かせない相手待ちになります。
ただし、規格書は法令の外側にある書類とは限りません。食品表示基準は、消費者向けの容器包装だけでなく、事業者間で取引される業務用加工食品にも表示を義務づけています。しかも原材料名や原料原産地名といった事項は、容器包装に限らず「送り状、納品書等又は規格書等」に表示することが認められています(食品表示基準第13条第2号)。一方で、アレルゲン、消費期限または賞味期限、保存の方法、添加物など別表第23に掲げる事項は、容器包装への表示が必要です。整理すると、法令が決めているのは伝えるべき事項のほうで、様式や項目立ては取引ごとに決まります。そしてラベルと規格書で原材料名が食い違えば、取引条件の齟齬にとどまらず表示の問題になりうる。原本を1つにする理由は、ここでも強まります。
業界には、規格書の作成・管理や受け渡しに使われるサービスもあります。BtoBプラットフォーム規格書(インフォマート)、eBASE、そうけんくん などです。取引先が提出先のシステムを指定することもあります。
相手を変えられない以上、変えられるのは自社側だけです。取引先ごとの様式はそのまま受け入れて、自社の中で「これが正」と言える原本を1つ決める。ここが動かせる唯一の場所で、しかも自分たちの判断だけで今日から始められます。
規格書の情報の書き手が2つあると、直しても戻る
同じ情報を書き込む処理が2つあると、直しても元に戻ります。原本を1つに決めるのは形式の話に聞こえますが、ここを飛ばすとこうなります。当社自身で起きたことを1つ書きます。
当社がこのサイトの記事データを管理している仕組みで、同じ欄に書き込む処理が2つありました。片方はその欄を一覧とみなして下に足していき、もう片方は1行だけの値として上書きし、これまでの分は別の欄に移す。書き方が食い違っているので、片方が動くたびに同じ壊れ方をします。未明に手で直した箇所が、翌朝の定期処理で55件まるごと同じ形に戻りました。毎日の直し役が働いていたので、表面上は「その日のうちに直る軽微な不具合」に見えていました。止まったのは、直し役を強くしたときではありません。書き込む側を1つにそろえたときです。
これは規格書の話ではありませんが、構造は同じです。原材料の情報を、ラベルは製造担当が、規格書は事務が、社内マスタは営業が、それぞれ別のタイミングで直している。この状態は「ときどきズレる」のではなく、直すたびに戻ります。
見分け方は不具合の有無ではありません。毎回きちんと直っている、は健全の証拠になりません。 社内で聞くべき問いは「間違いは出ていませんか」ではなく、「毎月おなじ手直しをしている作業はありますか」です。毎月おなじ手直しが要るなら、直しているのは結果のほうで、原因は書き手が複数あることの側に残っています。
規格書に手をつける順番
順番は5つです。上から順に、道具を買わずにできることから並べてあります。
- 1年分の提出実績を数える。どの取引先に、どの様式で、何件出したか。新規の提出と、改定にともなう出し直しは分けて数えます。あわせて1件あたりの作成時間も測り、年間提出件数を掛けます。規格書が年間でどれだけの仕事量なのかが、ここで初めて会社の言葉になります。
- 正となる原本を1つ決める。商品ごとに、原材料と配合、アレルゲン、賞味期限の設定根拠、保存方法、栄養成分をひとまとめにした表を、社内で1つだけ持ちます。エクセル1枚で構いません。大事なのは「どこを直せば全部に反映されるか」が1か所に決まることです。原本づくりは、一人の頭の中にある判断を書き出す作業でもあります。その進め方は「属人化の解消」に書きました。
- 提出先を絞る。1で数えると、提出件数がどの取引先に偏っているかが分かります。上位数社に寄っていれば、まずはその2社から対応すればよいことになります。全社の様式に一度に対応しようとしない。
- 転記は下書きまでにする。原本から各社の様式へ移す作業はAIに渡せますが、出てくるのは下書きで、提出前に人が確認します。
- 変更が起きたときの経路を決める。原料や仕入先が変わったとき、誰が原本を直し、どの提出先に出し直すか。ここを決めていないと、1〜4をやっても数ヶ月後に元へ戻ります。
2で何を載せるかは、取引先の様式から逆算するより表示の義務から積み上げるほうが安定します。消費者庁「栄養成分表示について」は、義務表示となる成分を熱量(エネルギー)、たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウム(食塩相当量で表示)としています。あわせて、水や香辛料など栄養の供給源としての寄与が小さい食品や、小規模の事業者が販売した食品などは、栄養成分表示が省略されていることがある、としています。省略しているならその理由まで原本に残します。
2で必ずつまずくのが表記のゆれです。受発注データの取り込みを支援したとき、最大の障壁はデータそのものの品質にありました。日付順に並んでいない、取消と再注文がマイナス行で残っている、同じ品名の表記がゆれている、注文番号が重複している。受発注の話ですが、規格書でも起きることは同じです。同じ砂糖が「砂糖」「上白糖」「グラニュー糖(○○社)」で並んでいると、どんな転記の仕組みも精度が出ません。原本を作る作業の実体は、この名寄せです。 データを整える考え方は「自社データとAIをつなぐ」にまとめました。
そして全体を通じて、現行人員の手作業が増える設計にしないでください。省力化のために新しい入力画面を1つ増やす、という改善は事務2名の会社では続きません。
規格書でAIに渡せる仕事、渡せない仕事
線引きははっきりしています。渡せるのは「書き写す」「見比べる」の側で、渡せないのは「決める」「責任を負う」の側です。
| 渡せる | 渡せない |
|---|---|
| 原本から各社様式への転記の下書き | 表示の適法性の判断と最終責任 |
| 原材料名の表記ゆれの検出 | 配合や原料の事実そのものの決定 |
| 前回提出との差分の洗い出し | 取引先との条件交渉 |
| 提出先ごとの必須項目の抜け確認 | 提出してよいかの最終判断 |
右の列は、性能が上がれば渡せるようになるものではありません。 表示が法令に適合しているかの判断は、事業者が負う責任そのものだからです。それでも、左の列だけを渡せば事務の負担はかなり軽くなります。
もう一点、規格書には取引先の配合情報という機微な情報が入りえます。押さえたいのは、契約の形式より「何を入れないかを決めておく」ことです。事実として、入力したデータが学習に使われるかどうかの境界は無料か有料かではなく、個人向けか法人向けかにあります。個人向けのプランは有料でも初期設定では学習に使われうる一方、設定でオフにできます。法人向け(Business/Enterprise・Team・API など)は学習に使いません。なお「一定期間保存される」ことと「学習に再利用される」ことは別の話です。考え方は「社内情報をAIに入れても大丈夫か」にまとめています。
実務としては、取引先から預かった配合情報や未公開の仕様は入れない、と社内で決めるところから始めるのが現実的です。データの扱いを契約で担保したい場合は、法人向けの契約が選択肢になります。
制度が動くと、該当する全商品の規格書が一斉に動く
規格書は一度作って終わりではありません。表示に関わる制度は定期的に見直され、そのたびに該当する全商品の情報が動きます。
消費者庁「食物アレルギー表示に関する情報」は、「2026年4月1日 特定原材料として、カシューナッツを追加しました」と公表しています。同じページのお知らせには、過去の改定として「2023年3月9日 特定原材料として、くるみを追加しました」が並びます。表示が推奨される「特定原材料に準ずるもの」についても、「2024年3月28日 特定原材料に準ずるものとして、マカダミアナッツを追加し、まつたけを削除しました」「2019年9月19日 特定原材料に準ずるものとして、アーモンドを追加しました」と記載されています。義務表示である特定原材料と、推奨にとどまる準ずるものは、分けて追う必要があります。
なお、カシューナッツの追加には経過措置が設けられており、切り替えには猶予があります。期間は改正内閣府令および消費者庁の公表資料で確認してください。
そして同ページは、特定原材料が「概ね3年毎に実施している全国のアレルギーを専門とする医師を対象として実施している全国実態調査における症例数や重篤度を踏まえ」定められると説明しています。つまり改定はこれからも来る前提で仕組みを作るということです。
ここで前節の話に戻ります。改定が出たときに必要なのは、どの商品が該当するかを短時間で洗い出すことです。原本が1つなら、原料の側から該当商品を引けます。原本が3か所に散っていると、ラベルを見て、規格書のファイルを開いて、マスタと突き合わせる作業を品目の数だけ繰り返すことになります。改定に強いかどうかは、制度の知識ではなく原本が1つかどうかで決まります。
「うちは品目が多すぎて標準化できない」への向き合い方
この反論は必ず出ます。「少量多品種だから」「一個一個違うから」。ここで有効なのは、特殊かどうかを議論しないことです。
私たちが同席した打ち合わせで使われていた聞き方は、「本当に特殊なんですか」ではなく「何パターンありますか」でした。特殊かどうかは価値観のぶつかり合いになりますが、パターン数は数えれば決まります。問いが数えられる形に変わった瞬間に、議論が事実の確認になる。そして数えてみると、多くの場合は思っているほど多くありません。
規格書に置き換えるなら、数えるのは品目数ではありません。「取引先の様式は何種類あるか」「そのうち必須項目が他社と違うのは何項目か」です。品目が数百あっても、様式が数種類で違いが数項目なら、話はまったく変わります。
そのうえで、全部を型にはめようとしないことです。収まる分だけを選択式にして、収まりきらない分は自由記述の欄に逃がす。難しい品目から手をつけない。ただし、いま切り分けているのは順番であって範囲ではない、最終的には全部を扱う、とは社内に伝えておきます。言わないと「あの商品は対象外」という理解が固定します。
費用と期間の目安、自社でやるか頼むか
費用と期間は、品目数ではなく「様式の数」と「原本がどれだけ揃っているか」で決まります。ここが読めれば、金額の桁は先に見当がつきます。
| 自社の状況 | 現実的な進め方 |
|---|---|
| 様式が1〜2種で、原本になる表がすでにある | 手元の道具から。表計算と既存のAIツールで下書きまで試せる |
| 様式が複数あり、原材料名の表記がゆれている | まず原本づくり。名寄せが終わるまで転記の自動化には投資しない |
| 改定の追跡や、複数部署への確認まで仕組みにしたい | 外部に頼む領域。ここまで含めると、作る作業より運用を保たせる設計のほうが重くなる |
期間は、提出先を上位2つに絞った場合で数週間から数ヶ月が現実的です。1年分を数えるのに数日、原本づくりと名寄せに数週間、転記の下書きを試して手直しの量を測るのに1〜2週間、そこから運用に乗せて確かめる期間。全取引先・全品目を一度に載せる計画にすると、この幅は読めなくなります。
金額の桁も示しておきます。様式が1〜2種で原本になる表がすでにあるなら、いま使っているツールと表計算の延長で始まり、道具立ての費用は法人向けAIの席課金(1人あたり月3,000〜5,000円台)の範囲に収まります。原材料名の名寄せから提出先2社ぶんの転記までを仕組みにするなら、当社の目安では1機能に絞って数十万円規模から。改定の追跡や複数部署の確認まで設計に入れると複数業務の作り込みになり、数百万円規模に入ります。内訳の考え方は「AIエージェント導入の費用」に譲ります。参考までに、当社が支援した卸売・製造業では手書き帳票の処理が1件あたり30分から3分になり、人は最終確認のみを担う形になりました(導入事例)。食品製造業の規格書で同じ数字が出るとは限りませんが、人が最終確認だけを担う形は共通です。
資金面では、省力化投資補助金など、設備・システム投資を対象にした制度が候補になります。対象可否は公募回ごとの要領で確認してください。制度の考え方と申請でつまずく点は「AI導入に使える省力化投資補助金の考え方と注意点」に整理しています。
よくある質問
商品規格書の作成は、法令上の義務なのでしょうか。 義務かどうかを一言で答えるのは難しく、書類そのものではなく中身で分けて考えるほうが実務に合います。法令が「伝えなさい」と定めている事項と、取引先が決めている様式・項目立ては別だからです。相手から「これは法令で決まっている書式だ」と説明されたときは、どの項目が表示の義務に由来し、どの項目が相手の社内ルールに由来するのかを分けて確認してください。前者は動かせませんが、後者は相談の余地があります。項目の追加を求められたときも同じで、由来が分かれば「入れる/相談する」の判断が数分で済みます。そして原本を1つ持っていれば、この確認自体が短時間で終わります。
配合情報をAIに入れても大丈夫ですか。 先に決めるのは「何を入れないか」です。取引先から預かった配合の実数値と未公開の仕様は入れない。それだけ決めれば着手できます(学習の扱いについては本文をご覧ください)。加えて、作業を2つに割ると現場が止まりません。様式の項目を整理する、必須項目の抜けを洗い出すといった作業は、取引先名や実数値を伏せたままでも進みます。実データを渡すかどうかは、そこを済ませてから決めれば間に合います。なお取引先と秘密保持の取り決めがある場合は、契約書に外部サービスの利用に関する条項がないかを先に見ておくと、後戻りがありません。
アレルギー表示の改定が出たとき、最初に何を確認すればいいですか。 自社の商品のうち、該当する原料を使っているものを洗い出す作業から始まります。効いてくるのは制度の知識ではなく、原料の側から商品を引ける状態かどうかです。もう一つ見落とされやすいのが、社内の表示だけでなく「過去に取引先へ出した規格書のどれが古くなったか」も洗い出す必要がある点です。いつ・どの取引先に・どの版を出したかの履歴を残していないと、この2つ目が追えません。原本づくりと同時に、提出の履歴を1か所に残す形にしておいてください。
品質保証の担当者がいなくても進められますか。 進められますが、決める人は要ります。原本に何を載せるか、どの値を正とするか、提出前に誰が確認するか。これらは社内で決めなければ先へ進みません。必要なのは専任の人員ではなく、決める役を1人はっきりさせることです。事務が2名の規模でも、経営者が「原本はこれ」と決めれば、数える・原本を作る・提出先を絞るところまでは動きます。表示の適法性など専門的な判断が要る部分だけを外に相談する、という組み合わせが現実的です。
ご相談ください
次にアレルゲンの改定が出たとき、該当する商品をその日のうちに引けるかどうか。それを決めているのは制度の知識ではなく、原本が1つかどうかです。取引先の様式は相手が動くまで変えられませんが、原本を1つにする決断は今日できます。1年分の提出実績を数え、原本を決め、提出先を2つに絞り、転記は下書きまでにして、変更の経路を決める。ここまでは道具を買わずに進められる範囲です。
自社の場合に何から手をつけるべきか、どこまでを機械に渡してどこから人が見るか。見立てのところからでも構いません。原本づくりから転記の仕組みまでを含む設計はAIエージェント構築・運用で扱っています。まずは現状を聞かせていただくところから、無料相談でお受けします。甲府から、対面でもオンラインでも伺います。