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公開日: AI活用経営

経営者のセカンドブレイン|暗黙知をAIに残す作⁠り⁠方

執筆: 池田 哲郎(代表取締役・中小企業診断⁠士⁠)

「自分が倒れたら、この会社は止まる」。中小企業の経営者の方とお話ししていると、半分冗談、半分本気で、この言葉をよく聞きま⁠す⁠。

設備や顧客リストは引き継げます。けれど、社長が長年かけて身につけた「この場面ではこう判断する」という勘どころは、本人の頭の中にしかない。これがいちばん引き継ぎにくく、いちばん価値のある資産で⁠す⁠。

最近、私はこの「頭の中」をAIに少しずつ移す取り組みを、自分自身で続けています。流行りの言葉でいう「第二の脳(セカンドブレイン)」です。セカンドブレイン(第二の脳)とは、日々の知識や経験を頭の外に貯めて、必要なときに取り出して再利用する仕組みのことです。本記事では特に、経営者の暗黙知を残す使い方を扱います。やってみて分かったことを、できるだけ正直に共有しま⁠す⁠。

社長の頭の中が、いちばん引き継げない⁠資⁠産

経営学では、言葉にできる知識を「形式知」、本人も説明しきれない経験的な勘を「暗黙知」と呼びます。マニュアルや規程は形式知です。一方、「あのお客様にはこの順番で話す」「この数字が出たら危ない」といった判断は、ほとんどが暗黙知のまま、社長や一部のベテランの頭に留まっていま⁠す⁠。

この暗黙知が引き継がれないまま人が抜けると、会社の判断の質が落ちる。事業承継や人手不足が深刻な今、ここが多くの中小企業の弱点になっていま⁠す⁠。

第二の脳とは、この頭の中の暗黙知を、少しずつ言葉にして外に貯めていく仕組みのことです。 紙のノートでも昔からやられてきたことですが、AIと組み合わせると、貯めた知見を「使う」段階が一気に変わりま⁠す⁠。

「第二の脳」はどうやってつくる⁠の⁠か

私の場合、出発点は打ち合わせの記録でした。お客様との面談や社内のミーティングを録音して文字起こしし、その内容から「自分がどう考え、何を助言したか」を抜き出して、Obsidianというメモアプリに貯めています(この記録の貯め方はAIで議事録を作る。その先の活かし方でも詳しく書いています⁠)⁠。

貯めているのは、きれいな議事録ではありません。「資金繰りが厳しい会社にはまず何を見るか」といった自分の判断の型や、よく使う言い回し、業種ごとのつまずきどころ。こうした断片を、テーマごとに小さなメモにして積み上げていきま⁠す⁠。

面白いのはここからです。ある程度たまった知見をAIに読ませると、AIが「私だったらこう書くだろう」という文章を、私の口調で下書きしてくれるようになりました。 このコラムの構成案も、最初のたたき台はそうやって作っています。もちろん最後は自分で直しますが、白紙から書くのと、自分の考えをもとにした下書きを直すのとでは、速さがまるで違いま⁠す⁠。

第二の脳(セカンドブレイン)に何をためる⁠の⁠か

何でも貯めればいい、というものではありません。私が意識して残しているのは、大きく3種類で⁠す⁠。

ひとつ目は、知見。「こういう相談には、こう答える」という、自分の中で答えが固まっている話。ふたつ目は、判断の型。「この局面では、まずここを確認する」という、考える順番そのもの。みっつ目は、言い回し。自分が普段使っている説明の比喩や、数字の見せ方で⁠す⁠。

この3つがそろうと、AIは「正しいこと」ではなく「自分らしいこと」を書けるようになります。世の中の一般論ではなく、自分の経験に裏打ちされた言葉が出てくる。ここが、ただChatGPTに「コラムを書いて」と頼むのとの決定的な違いで⁠す⁠。

ためるときに効くコツが、ひとつあります。「一般論として正しいこと」ではなく、「自分はなぜそう判断したのか」を書くことです。たとえば「資金繰りをまず見る」とだけ書いても、AIはどこにでもある教科書的な答えしか返しません。そうではなく、「普通はこう言われるが、自分は実はここを先に見ている」「過去にこれで一度つまずいたから、今はこの順番にしている」——世間の常識との違いや、失敗から学んだ理由まで一言添える。ここまで書いて初めて、AIはあなたの視点で文章を書けるようになります。当たり障りのないことしか書いていないカードからは、当たり障りのない文章しか出てきませ⁠ん⁠。

なぜ貯めるだけで、AIが「自分らしく」書ける⁠の⁠か

仕組みはそれほど難しくありません。AIは、その場で渡された資料を強く参考にして文章を作ります。だから、自分の知見や口調をまとめた資料を一緒に渡せば、それに沿った答えを返してくる。蓄積した知見を、その都度AIに「コンテキスト(前提情報)」として渡してやるイメージです。逆に、何も渡さなければ、ネット上の平均的な一般論しか出てきませ⁠ん⁠。

経営学でいう「暗黙知を形式知に変える」作業を、地道に続けているだけとも言えます。違うのは、形式知にした瞬間、それがAIにとっての「教科書」になり、何度でも、複数の用途で使い回せることです。一度書き出した判断の型は、コラムにも、提案書にも、社内向けの説明にも使えます。こうして貯めた一次体験をAIに渡して自社らしい発信につなげる具体的な手順は、「AIにブログ記事を書かせる前に考えること」でも書いていま⁠す⁠。

ひとつ注意があります。AIを先に入れれば、暗黙知がひとりでに形式知になる、わけではありません。 AIにできるのは、いったん外に出された言葉を整理し、何度でも使い回せるようにすることです。元になる記録がなければ、頭の中のノウハウは抜け落ちたまま残ります。だから順番は「記録が先、AIが後」。AI導入を単発の効率化で終わらせず、知見をためる仕組みとセットで設計することが、属人化を本当に解くコツで⁠す⁠。

完璧を目指さない。たまる仕組みを先につ⁠く⁠る

正直に言うと、最初は面倒です。打ち合わせのたびに記録を残し、そこから知見を抜き出す手間がかかる。完璧にやろうとすると、まず続きませ⁠ん⁠。

私がうまくいった理由は、「貯める作業」を日々の業務の流れに組み込んでしまったことです。打ち合わせは録音して文字起こしする、それを定期的にAIに整理させる、という流れを習慣にしまし⁠た⁠。

職人や社長の勘どころほど、「紙にまとめられるものではない」と言われます。長年かけて磨いた判断を、微妙な調整の連続だからと言葉にできずにいる——そんな製造業の経営者の方にお会いしたこともあります。そこで私がおすすめしているのは、まず音声で残すことです。録音するだけならハードルは一気に下がります。その音声をAIに流し込めば、7〜8割の手順書や判断メモにはなる。残りの2〜3割は、後から実際にやりながら埋めていけばいい。最初から完璧な文章にしようとすると、面倒で続きません。音声だけ残しておくだけでも、全然違います。こうしたベテランの技能を次の世代に渡す具体的な進め方は、「技能伝承×AIの進め方」でさらに詳しく扱っていま⁠す⁠。

気合いで頑張るのではなく、放っておいてもたまる仕組みを先に作る。これが、第二の脳を挫折させないいちばんのコツでし⁠た⁠。

そしてもうひとつ。第二の脳は、社長個人のものだけでなく、会社全体のものにも広げられます。一人の頭の中を整理する「個人の第二の脳」と、複数の社員のノウハウを集めて会社の判断基盤にする「組織の第二の脳」。その束ね方や運用・定着は「カンパニーブレインとは|会社の知を組織の資産に」で詳しく書きました。後者まで進むと、属人化していた仕事のやり方が、会社の資産として残っていきます。データの整え方は自社データとAIをつなぐでも触れていま⁠す⁠。

まず何から — 記録を捨てないこと⁠か⁠ら

特別なツールを買う前に、今日から始められることがありま⁠す⁠。

まず、打ち合わせや相談の記録を捨てないこと。文字起こしでも手書きのメモでもかまいません。これが第二の脳の材料になりま⁠す⁠。

ひとつ、私自身の失敗も正直に書いておきます。ある面談で、頼りにしていた自動の文字起こしがうまく取れておらず、議論の中身を後から再現できなかったことがありました。一度失われた打ち合わせの内容は、記憶からは完全には戻せません。それ以来、大事な打ち合わせは「自動の文字起こし」と「手元のメモ」を二重で残すようにしています。決めたこと・なぜそう判断したかだけは、必ず手で一言書いておく。第二の脳は、材料さえ消えなければ必ず育ちます。記録が消えることが、いちばんの敵で⁠す⁠。

次に、その記録から「自分はなぜそう判断したのか」を一言だけ添えて残す。この一言が、後でAIが学ぶ「判断の型」になりま⁠す⁠。

最初から立派な仕組みを作る必要はありません。判断の記録が手元にたまり始めれば、それをAIに渡すだけで、世界に一つだけの「自分の分身」が動き始めま⁠す⁠。

よくある⁠質⁠問

Q. セカンドブレインとは何ですか? 日々の知識や経験を頭の外に貯めて、必要なときに取り出して再利用する仕組みのことです。本記事では特に、経営者の暗黙知を残す使い方を扱っていま⁠す⁠。

Q. 第二の脳をつくるには、何から始めればいいですか? 打ち合わせや相談の記録を捨てず、「自分はなぜそう判断したのか」を一言だけ添えて残すことから始められます。特別なツールを買う前でも、この材料がたまり始めれば十分で⁠す⁠。

Q. ただChatGPTに「書いて」と頼むのと、何が違いますか? 自分の知見・判断の型・言い回しをまとめてAIに渡すかどうかが違いです。渡せば一般論ではなく「自分らしい」文章が返り、渡さなければネット上の平均的な答えしか出てきませ⁠ん⁠。

Q. NotionとObsidian、どちらがいいですか? 最初の一歩が分かりやすいのはNotion、メモ同士をリンクでつないで育てやすいのはObsidianです。私自身はObsidianを使っています。まず手に馴染むほうで始めて構いませ⁠ん⁠。

AI Advanceでは、こうした個人・組織の「第二の脳」づくりを、知見のため方の設計から、AIに使わせる仕組みづくりまで一緒に進めています。組織に束ねる先は「カンパニーブレインとは|会社の知を組織の資産に」で解説しています。「うちの会社の頭の中を、どう残せばいいのか」という段階のご相談こそ歓迎です。初回相談は無料ですので、お気軽にお問い合わせくださ⁠い⁠。

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