賢いAIを買っても、社長の頭の中——判断基準や暗黙知——はアウトソースできません。だから経営者自身が、一度は自分の手でAIを触る必要があります。
「いいAIを契約すれば、あとは現場がうまくやってくれるだろう」。経営者の方とお話ししていると、この前提をよく感じます。けれど、ここには見落としがあります。社長の頭の中だけは、どんなに賢いAIを買っても、外注しても、そのままでは中に入らないのです。
これは精神論ではありません。すでに、日本を代表する企業の経営トップが、自分でAIを動かし始めています。今日はその検証済みの事実を起点に、「自分で触る」とはどういうことか、なぜそれが会社全体のAI活用を速めるのかを、経営の言葉で整理します。
「賢いAIを買えば回る」という誤解
AIの出力は、与えたナレッジが一般的なら、一般的なものしか返ってきません。誰でも手に入る前提知識だけで動かせば、出てくる答えも同業他社と横並びになる。当たり前のようですが、ここがAI活用の落とし穴です。
会社の競争力は、お客様への提案の勘どころ、価格の決め方、どの仕事を受けてどれを断るか——言葉になりきっていない判断の積み重ね、つまり社長や現場の暗黙知にあります。これは外注先のエンジニアも、汎用のAIも持っていません。持っているのは当事者だけです。
だから、AIに自社ならではの仕事をさせたければ、その暗黙知を持っている人がAIに向き合う必要がある。「賢いAIを買って誰かに任せる」だけでは、自社の頭の中が入らないまま、一般的な出力が返ってくるだけになります。経営者が触ることには、こういう構造上の理由があります。
トップ企業はもう、経営陣が自分で触っている
「とはいえ、社長が手を動かすなんて」と思われるかもしれません。ところが、現実は先に進んでいます。
GMOインターネットグループが2026年6月30日に公表したプレスリリース(「ClaudeがChatGPTを抜き利用率トップに バイブコーディングも約7割が実践経験あり」)によれば、同グループの生成AI業務活用率は98.7%、毎日利用は89.3%に達しています。社内で最も使われているAIはClaude(利用率73.4%)で、AIによる業務時間の削減は月間で約43.2万時間、1人あたり約65時間にのぼるとされています。
注目したいのは、これがトップの姿勢とつながっていることです。同グループ代表の熊谷正寿氏は、自らAIにプログラムを書かせる「バイブコーディング」を実践し、直近2ヶ月でAIに約10万行のコードを書かせて、自分専用のアプリを自作し日々更新している——とプレスリリースで本人がコメントしています。こうしたトップ自身が当事者として現場で触る姿勢は、社内全体にも広がっているようです。同PRによれば、バイブコーディングの実践経験がある社員は71.8%(業務で実際に使っているのは40.8%)にのぼります。
ここで先に言っておくと、これは「社長もコードを書け」という話ではありません(その点はあとで触れます)。大企業の話に見えるかもしれませんが、本質は規模でもコードでもなく、経営の一番上の人間が、自分でAIを動かして当事者になっているという一点です。ここは中小企業のほうが、むしろ速く真似できます。
「自分で触る」と「AI社長を外注する」はまったく別物
ここで混同しやすい話を、はっきり分けておきます。世の中には「社長の分身AIを作ります」「AIクローンであなたの判断を再現します」というサービスが増えています。これと、経営者が自分でAIを触ることは、まったくの別物です。
分かりやすい対比があります。GMOは2024年12月に「AI 熊谷正寿」という、熊谷氏の思考や価値観を学習させた社内の意思決定支援チャットボットを発表しています。これは「本人を模したAIに相談する」仕組みです。一方、本人が自らバイブコーディングでアプリを作っているのは「本人がAIを道具として動かす」話。前者は熊谷氏の分身、後者は熊谷氏自身が当事者になること——同じ会社の事例でも、まるで意味が違います。
外注して作る「AI社長」は、便利な相談相手にはなり得ます。けれど、それを作っただけでは、社長本人がAIを使いこなせるようにはなりません。暗黙知は、本人がAIに向き合いながら引き出していくもので、最初から完成品として外から買えるものではない。 ネットで検索すると分身づくりの宣伝が並びますが、経営者がまず必要なのは分身ではなく、自分が一度ハンドルを握る経験のほうです。
なぜトップが触ると、会社全体のAI活用が速くなるのか
経営者が自分で触ることの効果は、本人の仕事が速くなる以上に、組織への波及が大きいところにあります。
現場の社員にとって、新しいツールを業務で使い始めるのは、思いのほか心理的なハードルが高いものです。「失敗したら怒られないか」「遊んでいると思われないか」。この空気がある限り、どんなに良いツールを契約しても、現場では使われません。
ところが、社長が会議で「これ面白いぞ、ちょっと見てくれ」とAIを動かして見せると、その空気が一瞬で変わります。トップが面白がっている、失敗しても咎められない——そう伝われば、現場は安心して触り始める。先ほどのGMOでは、全社の生成AI業務活用率は98.7%に達していました(GMO公式PR・2026年6月30日)。この水準と、トップ自らが当事者である姿勢は、地続きに見えます。
逆に、社長が「よく分からないから現場に任せた」という姿勢だと、現場も「号令はかかったけど本気じゃない」と感じ取ります。AIの浸透速度は、トップがどれだけ自分事にしているかで決まる。だから、経営者が一度触ることは、自分の生産性だけでなく会社全体の変化のスピードに効いてきます。この「会社の変化の遅さ」そのものについてはAIの進化スピードに会社が追いつけない理由で詳しく書きました。
経営者が最初に触る道具は何か——まずはCoworkから
「分かった、では何から触ればいいのか」。ここで多くの方が、いきなり開発者向けの難しい道具を想像して身構えてしまいます。
熊谷氏が使っているClaude Codeは、もともとエンジニア向けに作られ、技術者向けの画面(ターミナル)から使うのが基本のAIエージェントです。本格的なシステム開発や複雑な自動化まで踏み込めますが、入口に技術の階段が一段あります。経営者がいきなりここから入る必要はありません。
経営者や非エンジニアの最初の一歩としておすすめなのは、同じAnthropic社のCoworkです。Claude Codeのエージェント能力を、非エンジニア向けの分かりやすいデスクトップアプリ(GUI)に載せたもので、コードだけでなく、ファイルやドキュメント、データを使った事務仕事を自律的に進めてくれます。重要な判断や最終確認は人に残る設計になっており、有料プランで利用できます。製品の詳しい中身や料金、注意点はCoworkとは何か。経営者のためのAIエージェント入門に譲ります。
順番としては、まずCoworkで「AIに仕事を頼んで完了させる」感覚をつかむ。その先、毎週のルーティンを丸ごと自動化したい、自社システムとつなぎたい、という段階になったら、Claude Codeや専門家の出番——この二段構えで考えると迷いません。
開発じゃなくても効く——意思決定・分析・資料作成の現場で
ここで強調しておきたいのは、経営者が触るAIは「プログラムを書くため」のものではない、ということです。バイブコーディングはあくまで一例で、本丸は日々の意思決定・分析・資料づくりです。
たとえば私自身、経営者との面談の場で、ヒアリングした数字をその場でAIに渡し、収支計画のたたき台を10分ほどで組み上げて画面でお見せする、ということをよくやります。これはプログラミングではありません。大事なのは速さだけではなく、その場で前提を渡しているのが私自身だ、ということです。どの数字をどう置くか——経営者の判断基準そのものを当事者が手元から渡すからこそ、汎用の一般論ではなく、その会社向けのたたき台になる。会議の途中で、自社に即した判断材料が一つ増える。ここが効きます。
非エンジニアの実務家の例もあります。日経クロストレンドによれば、POSTS代表の梶谷健人氏は、戦略立案やリサーチ、記事執筆、タスク管理といった業務の大半をClaude Codeに集約しているといいます。コードを書く人だから、ではなく、考える仕事・調べる仕事・まとめる仕事そのものをAIに任せている。経営者の日常と地続きの使い方です。
要は、社長がAIを触るとは「開発を覚える」ことではありません。情報を集める、分析する、資料にまとめる、判断材料を用意する——今すでにやっている仕事を、AIと一緒にやってみることです。指示の出し方のコツは「あれ、やっといて」をAIに任せるにまとめています。
中小企業の経営者が、今日踏み出す最初の一歩
最後に、明日からの一歩を具体的にしておきます。大げさな決意は要りません。
一つ目。一番時間を取られている事務作業を、頭の中で一つだけ思い浮かべる。資料の要約、データの整理、報告書づくり——何でもかまいません。それが最初にAIに任せる候補です。
二つ目。それを自分の手で一度試してみる。ここで大事なのは、完璧を目指さないことです。やらないよりはやった方が絶対にいい。一回やってダメなら戻ればいいくらいの気持ちで、走りながら直していく。机の上で「使えるか」を考え続けるより、五分触ってみたほうが早く分かります。
三つ目。自分だけで抱え込まない。当社では月1回、経営者のためのAI勉強会(参加無料)を開いています。コーディングを教える会ではありません。CoworkやClaude Codeが実際に業務を進める様子を見て、自社のどの仕事に使えそうかを一緒に考える、少人数の場です。社長の暗黙知をどうAIに引き継ぐかという話は経営者のセカンドブレイン、個人の活用を組織の頭脳へ広げる話はカンパニーブレインに書いています。
そして、これがいちばん大事な一歩です。最初の一歩は、いいAIを誰かに任せて結果を待つことではありません。暗黙知を持つ社長自身が、一度ハンドルを握ってみること——その瞬間から、汎用の一般論ではなく、自社ならではの出力が出はじめます。中小企業のたいていの変化は、ここから始まります。
よくある質問
経営者がAIを触るといっても、プログラミングは分からないのですが。 プログラミングは要りません。経営者に効くのは、情報を集める・分析する・資料にまとめる・判断材料を用意するといった、今すでにやっている仕事をAIと一緒にやることです。最初の道具は非エンジニア向けのデスクトップアプリであるCoworkで十分で、日本語で仕事を頼む形になります。
「社長のAIクローン(分身AI)」を外注で作れば、自分で触らなくても済みますか。 別物です。分身AIは便利な相談相手にはなりますが、社長本人がAIを使いこなせるようにはなりません。自社ならではの判断基準(暗黙知)は、本人がAIに向き合いながら引き出していくもので、完成品として外から買えるものではないからです。まず必要なのは分身ではなく、経営者が一度自分でハンドルを握る経験です。
社長が触ると、会社全体に何か効果があるのですか。 あります。現場が新しいツールを業務で使うには「失敗しても咎められない」という空気が要ります。トップが面白がって触っている姿勢が伝わると、そのハードルが一気に下がり、組織全体のAI浸透が速くなります。トップが自分事にしているかどうかが、浸透速度を左右します。
何から始めればいいですか。 一番時間を取られている事務作業を一つだけ選び、Coworkで小さく試すのがおすすめです。完璧を目指さず、一つうまく回ってから次へ広げてください。一人で抱え込まず、当社の「経営者のためのAI勉強会」を見に来ていただくのも、最初の一歩としておすすめです。
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経営者が自分でAIを触ることは、難しい技術の習得ではありません。自社ならではの判断をAIに乗せ、会社の変化を速めるための入口です。そして中小企業は、社長の決断がそのまま現場に届くぶん、この変化を大企業より速く起こせます。
当社の経営者のためのAI勉強会は、CoworkやClaude Codeが実際に業務を進める様子を見て、自社のどこから使えるかを一緒に考える、参加無料の場です。予習は要りません、まずは見に来てください。社員の本格的な育成まで踏み込む段階ならAI研修・リスキリング、具体的な導入の設計からならAI導入コンサルティングとして課題の整理と業務の流れごとの作り直しからご一緒します。
「うちの場合、社長がまず何を触ればいいのか」という段階のご相談こそ歓迎です。お問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。初回相談は無料です。