公共工事の入札で時間が溶けているのは、案件を探す作業ではありません。当社が支援している設備工事会社で工数を数えると、入札まわりの手作業は月20時間相当あり、その中身は複数のサイトを巡回する時間と、公告や仕様書を開いて「参加できるか、出す価値があるか」を読み取る時間でした。しかもこの会社は、すでに有料の入札情報サービスを使っています。情報源を足しても後半は減らず、拾える案件が増えるほど、読んで捨てる作業のほうが積み上がっていました。
入札の解説記事は、たいてい「情報サービスを使えば収集を効率化できる」で終わります。それ自体は本当です。ただ、集めた先で止まっている会社に必要なのは、もう1本増やすことではありません。
この記事では、その実測をもとに、時間がどこで消えているのか、無料の公的サイトでどこまで届くのか、AIに任せられる工程と人が決める工程の線引き、費用と補助金、自社でやるか外に頼むかの判断軸までを整理します。数字はこの1社の実測であり、業界平均ではありません。
入札で溶けているのは、探す時間ではない
入札1件にかかる手間は、探す・読む・決める・積む・出す、の5つに分かれます。このうち機械に置き換えやすいのは最初の「探す」だけで、時間の大半は「読む」と「決める」に乗っています。
当社が支援している設備工事会社では、公共工事の案件を追うために、有料の入札情報サービスと発注機関のサイトを担当者が手で巡回していました。ここまでは、サービスを入れれば短くなる部分です。時間を食っていたのはその先で、公告のPDFを開き、参加資格・工期・地域要件・過去実績の条件を読み取り、自社が出せる案件かどうかを判断する作業でした。仕様書からの要件抽出も人手のままです。合わせて月20時間相当(2026年5月・当社が課題整理のために本人と数えた概算。業界平均ではありません)。
この20時間は、案件をたくさん見つけるほど増えます。 検索条件を広げれば通知は増え、増えた分だけ開いて読んで閉じる。情報収集を強化したのに担当者が楽にならない会社は、たいていこの構造にはまっています。
もうひとつ、この会社では入札の前後もつながっていませんでした。見積は過去案件のExcelを担当者が探し、仕入価格のCSVと突き合わせて作るため、1本に半日から1日。案件ごとの採算は月次の締めが終わるまで見えない。つまり「どの案件に出るか」を決める材料が、決める時点では手元にそろっていない状態です。
毎朝の巡回が、担当者ひとりの固定業務になっている
入札情報の巡回は、担当者が変われば止まる業務です。属人化していること自体が、この工程の一番のリスクになります。
やっていることは単純です。決まった時間に決まったサイトを開き、キーワードで検索し、目についた案件を開く。単純だからこそ、その人のやり方で最適化されていきます。どの機関を見るか、どのキーワードを使うか、どこで見切るか。全部がその人の頭の中にあり、記録には残りません。
この状態で「AIで自動化したい」と考えると、たいてい入口でつまずきます。何を拾えば正解なのかが、社内のどこにも書かれていないからです。自動化とは、判断の基準を外に出して機械に渡すことです。基準が言葉になっていない業務は、どんなツールを使っても自動化できません。ここは業務の棚卸しの話であって、AIの性能の話ではない、というのが当社の見方です。どの業務から手をつけるかの並べ方は「AIエージェントに最初に任せる業務の選び方」に整理しています。
無料の公的サイトで、どこまで届くのか
国が用意している無料の入札情報サイトは実用に足りますが、「これだけ見ていれば漏れない」とは公式に保証されていません。ここを誤解したまま体制を組むと、取りこぼしが起きます。
まず、押さえておきたい公的なサイトが2つあります。ひとつは調達ポータルで、運営はデジタル庁です(サイトの表記による)。国の機関を中心とした調達情報の検索と、政府電子調達(GEPS)での入札・契約手続きの入口になります。もうひとつが官公需情報ポータルサイトで、こちらは中小企業庁が運営し、国・独立行政法人・地方公共団体等がホームページ上に掲載している入札情報を横断して検索できます。どちらも無料です。
そのうえで、官公需情報ポータルサイト自身が注意事項として明記している制約が3つあります。ひとつ、「発注機関が公告するすべての入札情報の提供を保証するものではありません」。ふたつ、発注機関のサイトで入札情報の検索にユーザーIDやパスワードが必要な機関・自治体の情報は対象外になります。みっつ、入札情報は発注機関がホームページに公開してから1日程度経過後にデータベースへ登録されます(いずれも同サイトの記載)。
この3つは、実務ではそのまま設計条件になります。公示から入札までの日数が短い案件では、1日の遅れが致命傷になりえます。ID制の機関を主戦場にしている会社は、横断検索だけを見ていると、その機関の案件が丸ごと視界から消えます。だから正しい順番は「網羅的に集める仕組みを作る」ではなく、「自社が出す発注機関を先に決めて、その機関だけは直接見る」です。 横断検索は、決めた機関の外で拾いに行くための道具として使います。
なお、この官公需のポータルは技術的な受け口も持っています。検索結果をRSSで配信しており、外部のWebサービスから検索できるAPIも公開されています(同サイトのお知らせ)。このAPIはe-GovのAPIカタログにも「官公需に関する入札情報を自動的に取得できるAPI」(提供機関=中小企業庁、形式=REST/XML)として掲載されています。さらに同サイトは、2025年6月23日から「官公需情報ポータルサイト(AI応用検索版)」の実証実験を開始したと告知しています(2024年4月以降のデータが対象)。公的な側でも、検索そのものは機械に寄っていく前提で整備が進んでいると読むのが自然です。裏を返せば、会社が自前で価値を出せる場所は、探すことよりも判断のほうに移っていきます。
最初の一手は、情報源を増やすことではない
最初にやるべきは、出す案件の基準を1枚の紙に書き出すことです。ツールの検討でも、AIの選定でもありません。
基準に書く項目は多くありません。工種、発注機関、地域の範囲、金額の下限と上限、必要な資格と登録、避けたい工期、手持ち工事との重なり。この会社の場合、口頭では全部答えられるのに、どこにも書かれていませんでした。書き出すと、その場で2つのことが起きます。ひとつは、社内で判断がばらついていた項目が見つかること。もうひとつは、そのまま検索条件と通知条件になることです。
順番としては、次の5つで進めます。
- 出す基準を1枚に書く。 費用はかかりません。かかるのは、経営者と担当者が向き合う1〜2時間です。
- 見る発注機関を決め、そこだけは直接見る運用にする。 ID制の機関、公示から入札までが短い機関を先に。
- 横断検索と通知を、基準に合わせて絞る。 拾える数ではなく、開いて捨てる数が減ったかで評価します。
- 公告と仕様書の要点抽出を下書きまで機械に寄せる。 参加資格、工期、地域要件、提出書類、質問期限。抜き出す項目を固定するほど精度が上がります。
- 過去の入札結果と自社の見積を、探せる形にまとめる。 ここができて初めて、判断の材料が判断の時点でそろいます。
AIに任せられること、任せられないこと
AIが引き受けられるのは、決まった項目を決まった形で抜き出す作業までです。出すか見送るかの判断と、資格が本当に足りているかの適合確認は、人に残ります。
任せられる側から見ていきます。公告と仕様書から、参加資格・工期・地域・提出書類・質問期限といった項目を抜き出して一覧にする作業は、抜き出す項目をこちらで固定しておけば実用になります。要点を3行にまとめて、担当者が開くかどうかを先に判断できる形にするのも同じ系統です。過去の入札結果や自社の見積から似た案件を引っ張ってくる検索も、資料が探せる形で残っていれば効きます。逆に言えば、過去の案件がどこにあるか分からない会社では、ここは効きません。効くかどうかを分けるのは、AIの賢さではなく資料の残り方です。過去資料を使える形に整える手順は「自社データとAIをつなぐ」に書きました。
任せられない側は3つあります。1つ目は、参加資格の適合判断です。等級、経営事項審査、登録の有無、同種工事の実績要件。ここは1文字違えば結論が変わる世界で、間違えたときの損失が大きすぎます。抜き出しまでは機械、判定は人、という線を引きます。2つ目は、出すか見送るかの決定です。手持ちの現場、人の空き、資材の見通しといった社内事情が入るため、そもそも公告側の情報だけでは決まりません。3つ目は、落札できる価格の予測です。当社はこれを勧めていません。理由は後段のよくある質問に書きました。
もう1点、実務上の制約もあります。公告や仕様書がスキャン画像のPDFで出る発注機関では、文字の読み取り精度が落ちます。図面や数量表になるとさらに落ちます。汎用のAIツールにそのまま流し込んで実用精度に届くかは、案件によって差が大きいところです。どの課題が汎用ツールで片づき、どこから作り込みが必要になるかの一般的な仕分けは「AIにできること・できないこと」にまとめています。
費用と期間の目安、使える補助金
費用は3つの層に分かれます。基準づくり(費用ゼロ)、既製サービスの利用料(月額)、自社の資料や台帳につなぐ個別構築(見積案件)です。
1層目の「出す基準を1枚に書く」は、外注する部分がありません。かかるのは社内の時間だけです。ここを飛ばして2層目・3層目に進むと、条件が決まらないまま設定と開発が始まり、たいてい止まります。当社が支援に入るときも、まずここから着手します。
2層目の入札情報サービスは各社が料金を公開しているので、比較はご自身で行えます。この記事で製品ごとの優劣は扱いません。判断材料としてお伝えできるのは、月に何件出しているかで必要な範囲が変わる、という点です。出す機関が絞れている会社ほど、無料の公的サイトと発注機関の直接確認で足りる部分が大きくなります。
3層目、つまり要点抽出や過去案件の検索を自社の資料に合わせて作る場合は、金額の桁が変わります。AIエージェントを含む個別構築の相場観と見積の内訳は「AIエージェント導入の費用相場と進め方」に整理しました。期間は、抜き出す項目が固まっていれば数週間で試験運用に入れる、というのが当社が同種の案件で見ている目安です(実測値ではありません)。コツは1つで、最初から全部を作らないこと。抜き出す項目を5つに絞れば、投資額も期間も読めます。
補助金では、中小企業省力化投資補助金(一般型)が候補になります。公式サイトによれば、補助率は中小企業が1/2、小規模企業者・小規模事業者および再生事業者が2/3、補助上限額は従業員数に応じて5人以下750万円から101人以上8,000万円までとされています(大幅賃上げの特例に該当する場合はそれぞれ増額)。ただし補助率も上限額も対象経費も公募回ごとに改定されるため、必ず最新の公募要領で確認してください。 制度の選び方と申請でつまずきやすい点は「AI導入に使える省力化投資補助金の考え方と注意点」に整理しています。研修を伴う進め方であれば人材開発支援助成金も候補です。
自社でやるか、外に頼むか
分かれ目は、その仕組みが社内の資料に接続するかどうかです。
接続しないなら、社内でできます。基準を1枚に書くこと、見る発注機関を決めること、通知条件を絞ること、公告の要点を市販のAIツールで3行にまとめさせること。ここは担当者が自分で設定でき、合わなければ翌週には変えられます。外注して数ヶ月待つ理由がありません。
接続するなら、設計が要ります。過去の見積をどの単位で持つか、案件番号をどう振るか、仕入価格をいつ更新するか、抜き出した項目をどこに書き戻すか。どれも業務の決めごとで、決めずに作り始めると設計の段階で止まります。外に頼む価値があるのは、コードを書く部分より、この決めごとを一緒に決める部分にあります。 発注前に自社側で決めておくと強いことは「AIエージェント開発会社の選び方」に整理しました。見積そのものをAIに任せる場合の勘所は「見積書作成をAIに任せるには」に書いています。
順番としては、接続しない領域を自分たちで1つ通し、そこで出た数字を持って接続する領域の投資を判断する。狙いは人を減らすことではなく、いまの人数で出せる入札の数と精度を上げることにあります。
なお、受注したあとに待っている現場写真と書類の工数は、別の設計問題です。そちらは「工事写真と書類に追われる建設業|AI化は写真から始めない」で扱っています。入札の前後をどちらも軽くしたい場合は、先に受注前を整えるか受注後を整えるかで、効き方が変わります。
よくある質問
無料の公的サイトだけで足りるか、有料サービスが要るかの目安はありますか。 判断材料は、出している発注機関の数と、月に何件出しているかの2つです。機関が数えるほどしかない会社は、その機関のサイトを直接見るのが最も速く、無料の横断検索を補助に回せば足りることが多くあります。逆に、機関も地域も広げていく方針なら、拾う網を有料で買う意味が出ます。注意したいのは、有料に切り替えても減るのは「探す時間」だけで、読んで捨てる時間はむしろ増えることです。契約の前に、出す基準を決めてあるかどうかで結果が変わります。
公告のPDFをAIに読ませれば、参加できるかどうかの判定まで自動になりますか。 なりません。抜き出しは任せられますが、判定は人が行うべき工程です。等級や同種工事の実績要件は表現が細かく、読み違えたときに失うものが大きすぎます。加えて、スキャン画像で公告を出す発注機関では読み取り精度そのものが落ちます。現実的な形は、抜き出した項目を一覧にして担当者が5分で確認できる状態にすることで、判定を機械に代行させることではありません。
過去の落札結果を学習させれば、落札できる価格が分かりますか。 当社はこの使い方を勧めていません。落札の可否は、発注者の予定価格、積算基準、その回に誰が参加したかで決まり、公開されている過去の結果だけでは説明できない部分が大きく残ります。外したときの損失も、事務の手戻りとは比べものになりません。過去の結果は、価格を当てるためではなく、どの機関にどの規模の案件がどれくらいの頻度で出ているかという相場観と、出す・出さないの足切りに使うのが安全です。
社内にITに詳しい人がいなくても始められますか。 最初の一手は、詳しい人がいないほうがむしろ進みます。出す基準を1枚に書く作業は、入札に出ている本人と経営者にしか書けないからです。当社が支援に入るときも、この1枚ができるまではツールの話をしません。逆に、基準が無いまま製品選定から入った会社は、導入後に「通知は増えたが忙しさは変わらない」という状態になりがちです。
ご相談ください
入札は、受注の入口でありながら、社内で一番手順が言葉になっていない業務です。担当者が毎朝黙って回している間は問題が見えず、その人が抜けた瞬間に止まります。
自社の入札業務のうち、どこが「基準を書けば片づく領域」で、どこが「資料の整備から要る領域」なのか。その仕分けだけでも、外の目を入れると早く決まります。当社は課題の棚卸しからAI導入コンサルティングとして伴走し、作り込みが必要な部分はAIエージェント構築・運用として設計から実装まで担当しています。他社がどこから着手してどう広げたかは導入事例もご覧ください。甲府から、対面でもオンラインでも伺います。入札の話でも、見積の話でも、いま一番時間を取られている作業からで構いません。