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AIが10案出してくる時代に、社長が磨くべきは「出す力」より「選ぶ力」

執筆: 池田 哲郎(代表取締役・中小企業診断士)

まあ、最近こんな場面が増えました。

ある建設業の社長さんと、見積りの見せ方を相談していたときのことです。「ちょっと社長、AIに10パターン書かせてみましょうか」と画面を見せたら、ものの数分で本当に10パターン出てきた。社長さん、しばらく無言で画面を眺めて、ぽつりと一言。「池田さん、ぜんぶそれなりに良く見えちゃって、選べないですわ」。

笑い話ではなくて、これがこれからの社長業のいちばん難しいところだと思っています。「案を考える時間」が劇的に短くなった代わりに、「選んで決める時間」がいきなり社長の机の上に増えてきた。ここで詰まって、結局AIに案を出させたまま手が止まる、という社長さんが本当に多いんです。今日はこの「選ぶ側に回る」という社長業の新しい中身について、少し整理してみたいと思います。

案を出すコストがゼロに近づいた

ひと昔前まで、中小企業の社長業は「案を考える」ことに時間の8割を取られていました。チラシのキャッチコピー、提案書の構成、新商品のラインナップ、採用面接の質問、決算後の挨拶文。机に向かって、紙に書いて、消して、また書く。出来上がった案はだいたい1つか2つしかなく、選ぶ余地もないので、それをやるしかなかった。

そこへAIが入ってきました。チラシ案を「10通り出して」と言えば3分で並びます。提案書の章立ても、価格表の見せ方も、メール文面も、欲しいだけ出てくる。下手をすると、社長さんが頭で考えるよりも10倍速く、しかも10倍多く案が出てくる時代になりました。

で、社長さんが直面するのが、冒頭の建設業の社長さんと同じ壁です。「ぜんぶそれなりに良く見えて、選べない」。案を出すコストがゼロに近づいた瞬間、ボトルネックが「考えること」から「選ぶこと」「捨てること」に移った、ということなんです。

ソフトウェア業界では、もうこの転換が始まっている

ちょっとテクノロジーの話をひとつ補助線として置かせてください。

最先端のソフトウェア開発の現場では、エンジニアがもうコードを1行1行書かなくなりつつあります。設計だけを人がやって、実際のコードはAIに何通りも書かせ、エンジニアは「使えるものを選ぶ」「ダメなものを捨てる」「組み合わせを決める」という仕事に変わっている。2ヶ月足らずで50以上の新機能を出した企業がある、という話も伝わってくるくらいです。

ここで大事なのは、「速くなった」ことではなく「エンジニアの仕事の中身が変わった」ことです。手を動かす人から、設計と判断をする人になった。出てきた100案から、何を残し、何を捨てるかを決める人になった。

これ、ソフトウェア業界の話に聞こえますが、3カ月から半年遅れて、確実に中小企業の現場にも降りてきます。社長さんの机の上に、すでにその波が来ているはずです。

「選ぶこと」は、経済学では昔から最重要だった

経済学者のハーバート・サイモンが、何十年も前にこう言っていました。「意思決定者の仕事は、選択肢を生み出すことではなく、選択肢の中から選ぶことだ」。

サイモンは「限定合理性」という言葉で有名な学者ですが、要するに「人間の頭は、無限に選択肢を比較できるほど大きくない。だから判断軸を絞り込まないと、決められなくなる」と言っています。逆に言えば、判断軸さえはっきりしていれば、案がいくつ並ぼうとも社長は10秒で決められる、ということでもあります。

加えてマイケル・ポーターは、戦略論の中で「戦略とは、何をやらないかを決めることだ」と言い切っています。やることを増やすのは誰にでもできる。捨てることに、社長の腕が出る。

つまり、AIが案を量産する時代の社長業というのは、サイモンとポーターが昔から言っていたことが、ようやく本気で必要になった、というだけの話なんですね。

旅行業の社長さんが「30案→1案」に絞れた理由

実例をひとつ。

ある旅行業の社長さんから、「新しい体験プランの案をAIに出させたら30個並んだ。ぜんぶ良さそうで決められない」と相談がありました。

そこで、案を見る前に、判断軸を3つだけ紙に書いてもらいました。「①リピーターの50代女性が喜ぶか」「②客単価1万5千円以上で組めるか」「③うちのスタッフ3人で回せるか」。この3軸でフィルターをかけた瞬間、30案が一気に5案に、最後は1案に絞れました。所要時間、15分です。

社長さんいわく、「池田さん、これ、案を出してもらう前に決めとくべきでしたね」。おっしゃる通りで、判断軸が先、案は後、というのが鉄則になります。

明日から始められる3つの動き

ここまで難しい話を続けても仕方ないので、今日から1つ動いてみましょう。

1つ目。「うちの判断軸3つ」をA4一枚に書く。

価格帯、お客様像、ぜったいに譲れない品質、断る仕事の条件。なんでもいいので3つに絞って言語化してみる。「うちは客単価8千円以下は取らない」「平日昼間しかやらない」「半径10キロ以内のお客様だけ」など、絶対的なものでいい。これがないままAIに案を出させると、選べなくなります。

2つ目。AIに案を出させる前に「却下基準」を決める。

「客単価3千円以下は却下」「土日対応が必要な案件は却下」「初期投資100万円超は却下」と先に決めておく。出てきた案を眺めながら基準を作ろうとすると、優柔不断の沼にはまります。先に絞ってから、AIに10案出してもらう。順序が逆になると、案に呑まれます。

3つ目。月末に「今月選ばなかったもの」リストを作る。

やらなかった仕事、断ったお客さん、ボツにした案、見送った投資。これをノートに書き出してみると、自社の戦略の輪郭がじわじわ見えてきます。捨てたものこそ、戦略の本体だったりするんですね。1年続けると、自分が何を一貫して避けてきたかが見えてきて、それが自社の強みの裏返しになっている、というケースをよく見ます。

おわりに

案を考えるのが社長の仕事だった時代は、もう過去のものになりつつあります。これからは「選ぶ・捨てる・任せる」が社長業の中身になっていく。社員さんもAIも、案を出す側にどんどん回っていきます。社長の役割は、その中から残すものと捨てるものを決め、責任を取る、というところに収斂していくと思っています。

「選ぶ力」というのは、生まれつきのセンスじゃありません。判断軸を紙に書いて、却下基準を先に決めて、捨てたものを記録する。この3つを習慣にすれば、半年もしないうちに見違えるほど決断が早くなります。AIに「もっと案を出して」と言うより先に、自分の中の「選ぶ基準」を3行で書く。これが、これからの社長業のスタート地点です。

AIが10案出してくる時代に、社長さんが磨くべきは「もっと多く考える力」じゃない。むしろ「考えない勇気」と「選ぶ自信」のほうです。今日、A4を1枚出して、自社の判断軸を3つだけ書いてみてください。それだけで、来週からの仕事の質が変わると思いますよ。

AI導入の第一歩は、課題の整理から。

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